人を信じるということ 芦田愛菜の「信じる」という言葉の意味について

人を信じるという事 人間関係

こんばんは!先日、芦田愛菜ちゃんのYoutubeを見て「信じる」ということについて問われた質問がありました。当時、高校生だった芦田愛菜ちゃんの言葉に感心してしまった時の話です。

2020年9月に公開された映画「星の子」の完成報告会でインタビューアーに信じるという事についてどう思いますか?という質問に対して答えたコメントです。

信じるということ

「その人のことを信じようと思いますっていう言葉ってけっこう使うと思うんですけど、
それがどういう意味なんだろうって考えたときに、その人自身を信じているのではなくて、
自分が理想とする、その人の人物像みたいなものに期待してしまっていることなのかなと感じて」

「だからこそ人は裏切られたとか、期待していたのにとか言うけれど、
別にそれは、その人が裏切ったとかいうわけではなくて、その人の見えなかった部分が見えただけであって、その見えなかった部分が見えたときにそれもその人なんだと受け止められる、揺るがない自分がいるというのが信じられることなのかなって思ったんですけど」

「でも、その揺るがない自分の軸を持つのは凄く難しいじゃないですか。だからこそ人は信じるって口に出して、不安な自分がいるからこそ、成功した自分だったりとか、理想の人物像だったりにすがりたいんじゃないかと思いました」

引用: https://toyokeizai.net/articles/-/374895

全くその通りだという感想でした。しかし、芦田愛菜ちゃん自身も言っているように「その揺るがない自分の軸を持つのは凄く難しい」という事もおっしゃってます。

言っている事は解ります。正論ですし。しかし、私自身が喰らっちゃった場合、そう思えるかと問われるととても難しいんですよね。あまりにもそういうことだなと割り切ってしまうと人間の心も無くしてしまいそうで怖い。

しかし、まともにショックを受け止めてあまりに弱ってしまうといけません。何かを信仰したりしたくなるのでしょう。自分の心を保ち奮い立たせなきゃいけません。

自問自答し葛藤しながら人生を過ごしていくんだろうと思いました。

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